悪癖を克服する

Prayer for deliverance from vices

前書き

  私達の誰もが癖を持っており、癖には良いものもあれば、悪いものもあります。特にそれをしようと思っていなくとも、何の気なしに、無意識にやってしまうこと、それはすべて癖です。きれい好き、礼儀正しさ、良いマナーなど、良い癖や習慣は大きな祝福です。けれども、自分が身につけてしまった癖が、悪いもの、害を及ぼすものであって、その癖を改めるのが難しいか、ほとんど不可能に思える場合、それは、悪癖と言えるでしょう。

  こんな実話があります。鷲を飼っていた人が、何年も、その鷲を鎖で杭につないでおきました。鷲は、鎖を引っ張りながら、その杭のまわりを、数え切れないほど何度もグルグル回り続けたので、地面には、鷲の歩いた跡が轍(わだち)のようになっていました。飼い主は、すっかり年を取った鷲のことをかわいそうに思い、「もう死ぬ日も間近だから、自由にしてやろう!」と考えました。そこで、鷲の足にはめてあった金属製の輪を外してやり、鷲を宙に放りました。ところが、どうなったと思いますか?その年老いた鷲は、飛び方をすっかり忘れてしまっていて、翼をバタバタさせて地面に降りると、歩いて古い轍に戻り、それまで何年もしていたのと同じように、轍に沿ってグルグル歩き始めたのです! 鎖も、足輪ももうなかったのに、それが癖になってしまっていたのです!

  「悪い癖という鎖は、初めはゆるくて感じないほどだ。だが、その内に、断つことができないほど強くなる!」と言われています。それは、主の助けなしには断つことができないのです! 「癖とは太綱のようなもの。毎日毎日、糸がより合わさっていき、ついには切れないほど強くなる。」 これらの言葉は本当に真実です。

  悪い癖を断とうと、どれだけ強い意志を持って頑張っても、自分にはどうしてもそれを断ったり、やめたりする力が欠けていると感じたことはありませんか? 実際のところ、誰にでもどこか弱い面があり、その面では、過ちを犯したり、様々な問題を抱えやすいものです。そして、そういった問題が、悪い習慣や悪癖となることがあるのです。

  ほとんどの人は気づいていませんが、悪癖というのはしばしば、単なる生まれつきの自然な反応以上のものです。何かの弱点があって、長い間それを持ち続け、それに屈しているなら、そうした癖の背後には、悪い霊、つまり悪鬼がいることがしばしばあります。そうした悪い霊は、その癖をいっそう悪くして、あなたを病み付きにさせようとします。特に、その悪い癖が、あなたを危険にさらしたり、健康をおびやかしたり、あなたの対人関係を悪くするようなものなら、なおさらです。

  神の言葉を読むなら、特定の罪や悪癖をますますひどいものにし、それを通して私達をだめにしてしまおうとする悪い霊が存在することが、よくわかります。大食の悪霊、アルコールや麻薬やタバコの悪霊、ギャンブルの悪霊、性的倒錯、ホモ行為の悪霊などがそうです。これらは、誰の目にも明らかな悪癖の幾つかですが、多くの人々は、憎しみや、罪悪感や、恨み、心配、プライド、嫉妬、独善、恐れ、嘘、ごまかしもまた悪癖だということには気づいていません。しかし、人をそのようなものに縛り付けている霊の力は、人々にギャンブルや麻薬やアルコールに対して抑えがたい欲望を起こさせる霊の力と同じくらい強力で破壊的であることもあります!

  悪霊は、あなたの人生のほとんどどんな面においても、あなたを悩まそうとします。そうした悪霊は、あなたが何もしないでのさばらせておくなら、あなたに害を及ぼしたり、あなたをだめにしてしまおうとするのです。例えば、嫉妬にかられやすいとか、人を批判的に見る癖やからみつく罪があるなら、あるいは、アルコール、その他のものに弱いなら、なおさらのことです。敵は、そうした弱みにつけこんで、常にあなたを誘惑しようとします。

アルコール中毒

  アルコール中毒は、何千年にも渡って人間を悩ませてきた悪癖です。聖書の時代には、適量のワインを飲むのはごく一般的なことでしたが、聖書には、ワインであれ、他の種類の酒であれ、しょっちゅう飲みすぎたり、過度にふけることを戒める節がたくさん載っています。--箴言20:1、21:17、23:29-35、31:4、エペソ5:18、テトス2:3 を見て下さい。主は、アルコール中毒の背後にある霊から解放して下さるばかりか、ひとたび救い出されるなら、飲みたいという衝動に打ち勝ち続けるための強い意志を与えて下さいます。

たばこ

  もちろん、誰もが、たばこに入っているニコチンとタールが健康に悪く、それがガンの主要原因であると立証されていることは知っています! 喫煙者でさえ、その大半は、喫煙が悪癖だということを認めていますが、問題なのは、どうしたらやめられるかということです。喫煙は、中毒のようになり、やめようとしてもやめられなくなってしまうからです! やめるための策は、主があなたを、ニコチンへの依存から解放し、ニコチン中毒をますますひどくしているかもしれない悪い霊をすべて追い払って下さるよう、必死に祈ることです。主に求めるなら、主は必ず救い出して下さいます!

麻薬

  薬も非常に中毒になりやすく、ひどい害を及ぼします。麻薬だけではなく、何千万という人々が薬局で手軽に買っている、「合法的」に処方された薬でさえ、そうです。麻薬や多くの薬は、常用癖がつきやすく、現実から逃れられるとか、痛みから逃れられるなど、いろいろな「効果」が言われていますが、そのほとんどは強い副作用があり、危険で、値段も高いのです! けれども、素晴らしいことに、主は奇跡的に、数え切れないほどの人々を、あらゆる種類の薬中毒から解放してこられました! 多くの場合、何の禁断症状もなしに!

ギャンブル

  ギャンブルは、アルコールや麻薬と同じぐらい、病み付きになりやすい悪癖で、明らかに、偽りを言う邪悪な霊が人にギャンブルをするよう強いて、サイの一投げ、ルーレットの一回り、馬のレース、カードの手一つで、苦労してためたお金をすってしまうようにさせているのです。ギャンブルの原理は、何の苦労もなしに簡単にお金が儲けられるということですが、それは、聖書が教えている、勤勉さ、懸命に働くこと、倹約を重んじる精神とは全く正反対です。また、「運(ラック)」に頼るのは、悪魔からの祝福を願うことに他なりません。というのも、「ラック(luck)」という言葉は、悪魔の名前である「Lucifer(ルシファー)」から来ているからです。愚かにもギャンブルで危険を冒すだけでも十分悪いことですが、実際にギャンブルに「長けて」いて、「運(luck)」に恵まれている人は、より一層、救い出される必要があります!

ホモ行為

  ホモ行為については、この本の「ソドム人の滅亡」という読み物の中で詳しく説明されています。ホモ行為のことで何か問題があるなら、どうかその読み物と、考えるべき課題を読んで下さい。

食べすぎや肥満

  多くのクリスチャンは、アルコール中毒や、麻薬や、性的倒錯などのような誰の目にも明らかな悪癖を持つ人達を見下げ、非難するのですが、それでいて、食べすぎや肥満については悪いとも何とも思いません。けれども、大食や衝動食いも、しばしば、霊的な原因を持つ、断ちがたい悪癖であって、克服するには、祈りと、やめようという強い決意を要します。大食というのは、しばしば、麻薬中毒や、アルコール中毒と同じぐらい強く悪い癖であって、聖書には、それをしないようにと警告している箇所が幾つかあります。(箴言23:2,20-21、第一ペテロ4:3参照)

独善

  独善や、人を非難する批判的な霊について言えば、それらは確かに、非常に深刻な霊的問題であり、悪癖でもあります。自分がしょっちゅう批判的な見方をし、他の人達を見下げ、自分の方が人よりも優れていると考えているのがわかるなら、あなたをそうさせている、否定的で、分裂をきたす霊どもから解放されるよう、絶対に求めるべきです。

自尊心

  独善というのは、プライド(自尊心)と密接なつながりがあり、実際にプライドが原因です。私達の誰もが、プライドや、自分をかわいがり、自分のことばかりに関心を持つというからみつく罪を持っており、私達の魂の敵はしばしば、そうした人間の生まれつきの弱みにつけこんで、それを拡大し、最悪の問題にしてしまいます! プライドはあらゆる罪の根源であり、サタンの堕落の原因でもありました。--イザヤ14:12-15。主はプライド、つまり高ぶることを憎んでおられます!--箴言6:16-17。

憎しみと悪意

  あと二つ、よくある悪癖で、実に多くの人達が持っているものは、憎しみと悪意です。思いや心の罪はどれもそうですが、憎しみや悪意を抱くというのも、確かに、邪悪な霊がもたらした弱点です。悪意について聖書に何と書いてあるかを知るためには、エペソ4:31、コロサイ3:19、ヘブル12:15、ヤコブ3:14-15 を読んで下さい。憎しみに関しては、箴言10:12、15:17、26:26、ガラテヤ5:19-21を読んで下さい。これらの悪癖は、他の人達に害を及ぼし、危険でさえあります。おまけに、憎しみや悪意を抱くと、血液中に実際に毒が流れ出るため、その人は、あらゆる種類の心身症にかかるということが医学的に証明されています。

恐れと心配

  恐れと心配は、互いに関連している否定的な感情で、それに悩まされている人に、際限なく悪影響を及ぼします。深刻な恐れを持ったり、しょっちゅう心配事をするのは、たいていの場合、ただ生れつきの癖だとか、幼少時の悪い体験がもとで起こるのだと簡単に片付けてしまうことはできません。特に恐れは、人をひどく束縛するので、聖書には、「神が私達に下さったのは、恐れの霊ではなく、力と愛と健全なる思いとの霊なのである!」とはっきり書いてあります--第二テモテ1:7。箴言29:25、ルカ21:26、ヘブル2:15、第一ヨハネ4:18 も読んで下さい。

嫉妬

  嫉妬は、別の読み物で取り上げられています。(「嫉妬!」を読んで下さい) 過度に罪悪感や自責の念にかられることも、間違いなく霊的なもので、悪魔によって引き起こされます。聖書は、悪魔のことを「聖徒を訴える者」と呼んでいます。--黙示録12:10。 人々が罪悪感にさいなまれるのは普通、自分が不従順だったために、「さばきを恐れつつ待って」(ヘブル10:27)いるか、あるいは、「良心が弱い」ために、敵の嘘に耳を傾けてしまいやすいからです--第一コリント8:7、テトス1:15。強力な影響を及ぼす癖を断つための解決策は、神の御言葉の真理を勉強して、何が正しく何が間違っているかを知り、御言葉に従って、正しいことを行うことです!--ヘブル10:22、ヨハネ15:3。

嘘をついたり、人を欺くこと

  また、嘘をついたり、人を欺くことが癖になっている人もいます。聖書には、これも深刻な悪癖であると、はっきり書かれています。嘘をつくことについては、詩篇119:163、箴言6:16-17、10:18、12:22、13:5、26:28、エペソ4:25といった聖句を読んで下さい。欺くことについては、箴言12:5,17、14:8,25、26:24を読んで下さい。まだ他にもたくさん、悪い習慣や悪癖を並べ挙げていくこともできますが、ここでは、一番一般的な悪癖の幾つかを例として取り上げました。とにかく、自分を傷つけたり、他の人を傷つけたりする癖はすべて悪癖であって、あなたの魂の敵である悪魔が背後にいて、その悪癖を使って、あなたを破滅に追いやったり、妨げようとしている可能性が大です。このことを覚えておいて下さい。

  あなたがクリスチャンなら、邪悪な霊は、永久にあなたに取りつくことはありませんが、それでも、あなたの頭の中に色々な思いを送り、すべきでないことをしたいという気持ちにさせることはできます。邪悪な霊どもは、あなたの思いや霊に影響を与え、あなたを屈服させようとします。それによって、あなたが、霊の影響に屈したり、邪悪な霊の言うがままにするよう決めるなら、そうした霊がコントロールを握るようになり、あなたを、悪い習慣や悪癖にがんじがらめにしてしまうことができるほどです。悪い癖がついてしまい、絶えずそれを続けるなら、完全に打ち負かされてしまい、ついには、主ではなく悪魔の言うことに耳を傾け、従うようになってしまうこともあります。

  主を愛している、生まれ変わったクリスチャンでさえ、時には、邪悪な霊どもの影響を受けることがあります。永久に取りつかれてしまうことはありませんが、そうした霊に悩まされたり、その影響下に置かれたりすることがあるのです。クリスチャンは主のものであって、主と主の御霊に所有されています。けれども、当然ながら、からみつく罪があったり、隠していることがあったり、主のために捨てようとしない悪い癖があるなら、敵は、それを使って、あなたを悩まし、煩わせます。あなたを弱めたり、その面において、あなたを打ち負かすことができるのです。神の言葉に、「悪魔に機会を与えてはならない」とあるのはそのためです--エペソ4:27。聖書がそれを「からみつく罪」と呼んでいるのは、それが、あなたを攻撃している霊であって、「かなぐり捨てなければならない重荷」だからです--ヘブル12:1。

  敵に、あなたの人生に入り込む「機会を与える」というのは、家に邪悪な下宿人をおくようなものです。下宿人は、家の主導権を握るわけではありませんが、それでも、あなたを煩わし、問題を引き起こしたり、あらゆる害を及ぼしたりします。そして、何度、出て行ってくれと言っても、出て行かないので、ついには、権威と法律をもって--この場合には、御言葉の権威とイエスの御名によって--追い出すことになります! そうしないなら、出て行かないのです!

  多くのクリスチャンが、長い間、根深い悪癖や悪い習慣から完全に救い出されないままでいるのは悲しいことです! 彼らは悪い霊を追い出さず、心の中に居座ることを許してしまっています。自分の問題を表面的にしか見ておらず、それが霊的な問題でもあるということに気づいていないために、それらの霊どもに対して霊的な権威をもって立ち向かい、叱責し、追い払うことをしないのです。

  まず最初に、あなたを悪癖に縛りつけている霊的な力があるということを自ら認め、それから解放されたいと望まなければなりません。本当に解放されたいと思うなら、主に対して、それを進んで告白し、助けを求めて呼ばわるだけでなく、自分の弱点や悪い癖を克服するには助けや祈りが必要だということを他の人達にも進んで告白するべきです。中には、人を、それもクリスチャンの人まで、しっかりコントロールしてしまう悪癖もあり、そういう強力な悪癖を持っている場合には、自分一人で克服することはできません。

  何か深刻な問題を持っていて、一人で祈ったり、自分だけの力で悪癖に抵抗しようとしても、その問題から解放されないような時には、あなたの知り合いで、信頼の置ける、御霊に満たされたクリスチャンに連絡をとる必要があります。そして、彼らに、自分が深刻な問題を持っていることを告げ、団結した祈りを求めるのです! 必要な時に、助けや祈りを求めることを恥ずかしがってはいけません。

  聖書にはこう書いてあることを忘れないで下さい。「ひとりでは千人を追い、二人では万人を敗ることができる」(申命記32:30) ですから、敵によって悩まされ、苦しめられ、攻撃されていると思うなら、誰かに一緒に祈ってもらうと大きな助けになります。「二人または三人がわたしの名によって集まっているところには、わたしもその中にいるのである。」「もしあなたがたの内の二人が、どんな願いごとについても地上で心を合わせるなら、天にいますわたしの父は、それをかなえて下さるであろう。」--マタイ18:19-20。

  「あなたがたの中に、(霊的、また肉体的に)病んでいる者があるか。その人は、教会の長老たちを招き、主の御名によってオリブ油をそそいで祈ってもらうがよい。信仰による祈りは病んでいる人を救い、そして主はその人を立ち上がらせて下さる。かつ、その人が罪を犯していたなら、それも許される。だから、互いに罪を告白し合い、また、いやされるようにお互いのために祈りなさい。」--ヤコブ5:14-16。祈る時には、主の約束を言い、主に、ご自身が御言葉の中でなされた約束を思い起こさせなさい。神にその御言葉を思い起こさせるなら、それは、あなたがその御言葉に信仰を持っているという証拠です。神は、ご自身の言葉を守ると約束なさったので、神にそれを思い起こさせ、神の約束にしがみつき、それらを暗記し、常に口に出して言い、神が答えて下さるということを一瞬たりとも疑ってはいけません。そうすれば、神は答えて下さいます! 答えざるをえないのです! あなたが心から救い出されることを望み、悪い癖に対して真の勝利を収められるよう祈るなら、主はあなたを助けて下さいます! イエスは絶対にあなたの期待に背いたりはなさいません! 一心に主に呼ばわるなら、答えて下さるのです。

  「わたしは天においても地においても、いっさいの権威を授けられた。」とイエスは言われました。(マタイ28:18) そして、イエスを持っている私達には、イエスの力があります。だから、邪悪な霊や悪鬼どもでさえ、私達の言いなりになるのです!--マタイ10:1、ルカ9:1、10:17-19、使徒行伝8:7。 あなたの悪い癖の背後に、悪魔的な力がひそんでいる場合、イエスの御名でその悪い霊を制するなら、その霊は立ち去らなければなりません!

  悪癖や悪い習慣を断つには、まず最初に、その悪い癖の背後にひそむ霊的な力から解放されなければなりません。解放される前には、その霊によって、かなり強力に支配され、束縛されていたかもしれませんが、解放されてからは、自分の力で、その霊が再び入り込まないよう抵抗できるようになります!

  けれども、祈ってもらって、霊的に解放された後でも、癖から完全に解放されるまでにはもう少し時間がかかることもあります。悪霊からは解放されたものの、癖はまだとれておらず、その悪霊は、しばらくの間、戻ってきては、あなたを誘惑し、そうした、あなたの弱点や癖につけこもうとするかもしれません。その弱点や悪癖が、長年に渡って、大きな問題だったり、習慣だったりしたのなら、なおさらのことです。そういう場合には一段と、攻撃を受けやすいのです。ですから、祈った後も、しばらくは、まだそのことで戦いがあるかもしれません。けれども、あきらめてはいけません! 長年持っていた強い悪癖を断つのは本当に大変な戦いですが、誘惑に立ち向かい、またそれをすることなど考えもしないようにする必要があります。誘惑してくる思いそのものを叱責し、絶えず、聖句を口に出して言い、主をほめたたえなさい!

  誘惑を受けるのは、あなたの責任ではありません。誰も、誘惑を受けないようにすることはできないのですから。しかし、誘惑に負けてしまう必要はありません! 「鳥が頭上を飛び交わないようにすることはできないが、鳥が自分の髪の毛の中に巣を作らないようにすることはできる!」 悪魔が色々な策略を使って誘惑しようとしてくるたびに、攻撃に出て、悪魔を打ち返してやりなさい! 悪魔が勝利することができるのは、あなたが降伏してしまった時だけです! あなたが戦い続ける限り、悪魔は勝利することなどできないのです。「悪魔に立ち向かいなさい。そうすれば、彼はあなたがたから逃げ去るであろう!」--ヤコブ4:7。 あなたが抵抗し続ける限り、悪魔は常に逃げ去るのです。けれども抵抗するのをやめてしまうなら、悪魔は言葉巧みに嘘をつき、誘惑し、説得し、ついに勝利してしまうでしょう。悪魔に誘惑された時、イエスは、聖句を使って戦われました!--ルカ4:1-13。ですから、神の言葉を口に出して言い、敵を叱責しなさい!

  一晩で直る癖もあれば、直るのに少し時間がかかる癖もあります。必ずしも、一日で癖を断つことができるわけではありません。敵は、長い間自分が支配していた領域を、そう簡単に快く明け渡そうとはしないからです。人が弱点を持っていて、以前、敵が自由に入り込める状態にあった場合、敵は、できるものならまた中に入り込もうと努めます。けれども、あなたが主に祈って、守って下さい、救い出して下さい、完全なる勝利を与えて下さいと求め続け、御言葉を口に出して言い、それを実現して下さるよう要求するなら、主はその祈りに答えて下さいます! 「もし子があなたがたに自由を得させるならば、あなたがたは本当に自由な者となる!」--ヨハネ8:36。

  最善の保護の一つは、自分がすべきだとわかっていることをして、神や他の人達の為に忙しくし、また、御言葉を覚え、暗記して、自分の思いと心を、建設的で、励ましになり、力を与え、信仰を強めてくれる御言葉で満たし、自分に対して、また敵が攻撃してきた時には敵に対しても、絶えず御言葉を言うことです! そして、「絶えず祈りなさい!」--第一テサロニケ5:17。こんな言葉があります。「弱い聖徒でも、彼がひざまずくのを見ると、悪魔は逃げ去る!」

  「子たちよ、あなたがたは神から出た者であって、彼らに打ち勝ったのである。あなたがたのうちにいますの(イエス)は、世にある者(悪魔)よりも大いなる者なのである。」--第一ヨハネ4:4。主の力の方がはるかに強く、あなたを縛り付けるどんな鎖をも断ち切ることができます! あなたの悪い癖が何であれ、イエスはあなたを解放することができます! あなたは自由ですか? あるいは、助けを必要としていますか? 「求めよ、そうすれば与えられるであろう!」--アァメン?

+ + +

  次に挙げるのは、解放のための祈りの一例です。悪癖を克服するために、どのように主に呼ばわって助けを求めたらいいか、さらには、敵を叱責する時に、いかにして聖書の節を言い、それを実現

して下さるよう要求したらいいかもわかるので、これはあなたにとって助けになることでしょう。

  (祈る:)「主イエス様、今私は、一心にあなたに呼ばわります。この悪癖が私をがんじがらめにしています。ですから、どうか、あなたの御霊の力によって私をその悪癖から解放して下さい! あなたは御言葉の中で、『私のうちにいますの (主よ、私の心にいるあなた) は、世にある者 (悪魔) よりも大いなる者だ』と言われました! ですから、あなたは、敵よりも大いなる方であって、この悪癖を克服することができると私は知っています! あなたは言われました、『わたしは天においても地においても、いっさいの権威を授けられた』、『何事でもわたしの名によって願うならば、わたしはそれをかなえてあげよう!』 ですからイエス様、今あなたに求めます。どうか、私の人生における敵の支配をすべて壊し、この悪い癖の持つ力を打ち滅ぼして下さい! 今、イエスの御名で、悪魔と、悪魔の持つ影響力をすべて叱責します!

  あなたの御言葉には、『敵に機会を与えてはいけない』とあります。私は、イエス様、あなたからでないものは何一つほしくありません! あなたの弟子達は言いました。『悪霊までが私達に服従します!』と。ですから、私のためにその約束を実現して下さい。たった今、私に、敵の力に対するそうした霊的な権威を下さい! イエス・キリストの御名によって、悪魔を叱責します! 主よ、『悪魔に立ち向かいなさい、そうすれば、悪魔は逃げ去るであろう!』というあなたの約束を実現して下さい。サタンよ、私は、イエス・キリストの御名によっておまえに立ち向かう! 私は、イエスの御名によって、おまえが私の人生に対して持っている支配力を縛り、叱責する!

  イエス様、あなたは、『一心にわたしに呼ばわるならば、わたしはあなたに答える』と約束されました。イエス様、私は、あなたが私を解放して下さるよう、あなたに一心に呼ばわっています! そして、あなたがそうして下さると期待しています! あなたは、『あなたがたが地上でつなぐことは、天でも皆つながれ、あなたがたが地上で解くことは、天でもみな解かれるであろう』と言われました。ですから、私はあなたの御名で、敵の力を縛り、そして、敵が私に対して持っている支配力を解きます。どうか、敵を遠くに追いやり、二度と戻ってこないようにして下さい! イエス様の名前で祈ります!主よ、私はもうそれがなされたとみなします! イエス様、感謝します! 私を自由にして下さったことを感謝します! 悪魔の策略に対して、私がこれから信仰をもって立ち向かうことができるよう助けて下さい! どうか、誘惑に抵抗するために、自分にできることをするための霊的な力を与えて下さい。そして、主よ、これからもずっと、この根深い癖から自由であり続けることができますように! イエス・キリストの御名(みな)で祈ります! アァメン!」

あなたの新しい愛の人生

Jesus loving you

人生とは一体何なのだろうかと考えたことはありますか? 何のためにここにいるのだろうか、何か特別にするべきことがあるのだろうか、などと考えたことは?私達は、神から私達みんなにあてた愛の言葉である聖書 の中に、こうした大切な質問に対する答えを見つけることができます!

「神は愛」であり(第一ヨハネ4章8節)、神はあなたを愛していると聖書には書いてあります!神は、優しく愛に満ちた天の父親であり、あなたが住むようにとこの美しい世界を造られ、また、この世界のものを楽しむための素晴らしい体や精神や心も与えて下さったのです!

神は愛であるだけではなく、「神は霊」でもあります!(ヨ ハネ4章24節)神は、全宇宙を造られた、偉大なる愛の霊なのです!神はとても大きく偉大なので、人間の単純な理解力をはるかに越えています!けれ ども神は、私達を愛しておられ、私達が神を知り、神を愛することを望んでおられるので、ご自分のひとり子イエス・キリストを人間の姿に変えて地上に送られ ました。

イエスは、神がどのような方なのかを示すために、目に見え る形で現れた方なのです。イエスはいつも、愛について語り、他の人々に愛を示し、愛に生きられました。そして、本当に私達のことを愛しておられたので、最 後には、私達、つまりあなたや私を救うためにご自分の命を捧げられました。

イエスにおける神の愛と救いを得るためには、ただ、自分が 完全ではなく、間違いを犯したことがあり、神の許しが必要であることを告白するだけでいいのです。私達は皆、過ちを犯したことがあるので、私達全員が許し を必要としています。なぜなら、罪の許しがないなら、私達は神の完全な愛から隔てられたままだからです!(ローマ3章23節、6章23節)

イエスは私達の兄であり、私達は悪いことをしたので罰を受 けて当然だと知っておられます。でも、私達のことをとても愛しておられたので、私達の代わりにご自分が罰を受けることを申し出て下さったのです。神は私達 を本当に愛しておられたので、イエスを送って下さいました。そして、私達がイエスを信じ、イエスが私達の罪のために死んで下さったことを認めるなら、私達 を許すと約束して下さったのです。

イエスはあなたの本当に親しく身近な友人として、あなたとずっと共にいることを望んでおられます。イエスは、「わたしは(あなたの心の)戸の外に立って、たたいている。わたしの声を聞いて戸を開けるなら、わたしはあなたの中に入る。」と言われました。(黙示録3章20節)イエスに、心の中に入って下さるよう求めるだけでいいのです。

イエスやイエスの永遠の許しと救いを受け入れるのは、とて も簡単なことです!あなたは何をしても、それらを自分で得ることはできませんし、行ないによって得ることもできません。それは神からの贈り物だからで す!聖書にはこう書いてあります。「私達の救われたのは、実に恵み(神の愛と憐れみ)により信仰によるのである。それは、私達自身から出たものではな く、良い行ないによるのでもない。それは、神の賜物である!」(エペソ2章8,9節)

まだイエスを受け入れていないなら、今すぐイエスに心の中 に入って下さるよう求めることができます。ただこの短い祈りをするだけです。「イエス様、あなたが神の御子(みこ)であり、私の代わりに罰を受け、死んで 下さったことを信じます。どうか私の罪をすべて許して下さい。今あなたを私の心の中に招き入れます。イエス様、私は自分を救えるほど善良には決してなれな いことを知っています。ですから、どうか私の心の中に入り、あなたからの贈り物である永遠の命を与えて下さい!イエス様のお名前によって求めます。アァ メン。」

イエスはあなたを救うだけではなく、救われたままでいさせて下さいます。「神の賜物は、永遠の命である。」(ロー マ6章23節)いったん永遠の命を得るなら、それを失うことはありえません!もし失うことがあるなら、それは永遠とは言えません!たとえ私達が失敗 したり、間違いを犯したとしても、「わたしに来る者を決して拒みはしない!」(ヨハネ6章37節)とイエスは約束されました。あなたが悪くて、不従順な ら、イエスはあなたに罰を与えなければならないかもしれませんが、それでもあなたが救われた主の子供であることには変わりないのです。なぜなら、イエスは こう言っておられるからです。「わたしは決してあなたを離れず、あなたを捨てない!」(ヘブル13章5節)

イエスがあなたの心の中に入って下さった時、新生児が全く新しい世界に生まれてくる時のように、あなたの全人生が変わります!救いとは、新しく生まれるようなもので、その時あなたは、今までとは違う新しい人になるとさえ、イエスは言われました!(ヨハネ3章3節、第二コリント5章17節)

もちろん、すべての新生児や幼子のように、あなたには沢 山学ぶことがあり、どんどん成長しなければなりません!信仰を育て、理解を深めるには、「今生まれたばかりの乳飲み子のように、神の御言葉という混じり けのない霊の乳を慕い求めなさい。それによって、おい育つようになる」のです!(第一ペテロ2章2節)

聖書にある神の素晴らしい御言葉を、祈りをこめて読むなら、それが「あなたの足のともしびであり、あなたの道の光」、つまり新しい人生における、あなたのための生きた道しるべであることがわかるでしょう!(詩篇119篇105節)

神の預言者であるエレミヤは、こう言いました。「私は神の御言葉を与えられて、それを食べました。御言葉は私に喜びとなり、心の楽しみとなりました!」(エレミヤ15章16節)神の御言葉はあなたの魂の糧であり、霊的に成長することを望むならば、神の言葉を忠実に読んでその糧を得なければなりません!

新約聖書にある、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの四つの 福音書には、イエスの地上での人生についての美しい話が書かれています。第四の福音書である「ヨハネによる福音書」は最もわかりやすく、またイエスの言葉 や、あなたの人生のための、イエスの愛に満ちた計画が一番多く載っているので、最初に読む物として最適です!

あなたの新しい人生において大きな助けとなるもう一つのものは、神の尊い聖霊の素晴らしい力です!イエスがあなたの心に入って来られる時、あなたは「新しく霊から生まれる」(ヨハネ3章8節)ので、あなたの中には、すでに神の御霊(みたま)がいます。けれども、主の力で満たして下さるように願い求めるなら、あふれるほどに聖霊で満たされることができるのです。

私達をビンやコップにたとえることができるでしょう。イエスを受け入れた時点で、私達はもう乾いた空っぽのコップではなくなります。神の素晴らしい「生ける水」(ヨハネ7章38,39節)を多少なりとも受け取るからです!しかし主に聖霊で満たして下さるよう求めるなら、主は天からの愛と力の霊を沢山注いで下さるので、私達はあふれんばかりに聖霊で満たされるのです!

主が聖霊で満たして下さる時、私達は、イエスや神の愛に ついて大胆に他の人々に教えたり、私達が新しく見つけた素晴らしい人生のことを証言したりする力をも受け取ります!イエスはこう約束されました。「た だ、聖霊があなたがたに下る時、あなたがたは力を受けて、わたしの証人となるであろう!」(使徒行伝1章8節)

聖書には、聖霊は、小さな赤ちゃんを優しく扱う愛情深い母親のような「慰め主」であるとも書かれています。新しく生まれた神の子供を抱きかかえ、いつもそばにいて、慰め、ミルクを与えたりして、世話をしてくれるのです。

この素晴らしい力を受けるためには、心からイエスに祈り 求めればよいのです!「求めよ、そうすれば与えられるであろう。捜せ、そうすれば見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう! 天の父は求めてくる者すべてに聖霊を下さるからである!」(ルカ11章9-13節)

ちょうど健康な新生児が皆、慰めや助けやミルクがほしくて母親を求めて泣くように、祈りにおいて主を呼び求めるというのは、新しく生まれたすべての神の子供にとって本能的なことです。

祈りとは、単なる宗教的な儀式とか慣例ではなく、神の子供と天の父親が直接話すことのできる、生きたコミュニケーションなのです!あなたが天国と連絡をとるための、王室直通電話なのです!

イエスはあなたの最も身近にいる最良の友人であり、あなたが助けを求めてイエスを呼ぶなら、いつも聞いて下さいます。イエスはこう言っておられます。

「わたしに呼び求めよ。そうすれば、わたしはあなたに答える。そしてあなたの知らない大きな素晴らしいことを、あなたに示す。」(エレミヤ33章3節)

祈りは、あなただけが話して、神は聞き役ばかりといった 一方通行のコミュニケーションではありません。神は、今までずっとされてきたように、現在も神の子供達に語られるのです!心から神に答えを求めるなら、 神はあなたの心に語りかけ、あなたが祈りをこめて御言葉を読むと、「あなたの目を開いて、神の御言葉のうちのくすしき事を見せて下さる」のです。(詩篇119篇18節)神はまた、「あなたのいっさいの必要--助け、いやし、導き、必要な物など--を満たして下さる」ことによって、あなたの祈りに答えられます!(ピリピ4章19節)

新しく生まれた神の子供の霊的な生命にとって、もう一つ 大切なことは、主を知っており、主を愛している他のクリスチャンと交わりを持つということです。イエスはこう言われました。「二人または三人がわたしの名 によって集まっているところには、わたしもその中にいるのである!」(マタイ18章19,20節) ですから、霊の内に団結するなら、大きな力と祝福が与えられるのです!

クリスチャン同士の真の交わりとは、ただ教会の中に座って誰か が説教壇から話をするのを聞くことはではなく、他の人々と一緒に集まって、共に祈り、神の御言葉を読んで勉強することです。「神が光の中にいますように、 私達も光の中を歩くならば、私達は互いに交わりを持つ」のです!(第一ヨハネ1章7節)

イエスを心の中に受け入れた人を誰も知らず、共に交わり を持つことのできる、主における兄弟姉妹が近くにいなくても、がっかりしてはいけません!イエスに心に入って下さるように求めることができると他の人々 にも教え、イエスを受け入れるためにあなたと共に祈るよう彼らを導くことによって、あなたも自分で、他の人々を神の天の王国に導くことができるのです!

他の人々にイエスのことを話し、神の簡単な救いの方法に ついて説明することを、「証し」といいます。ちょうど、どの子供も成長し、家族の一員となって家族を助けたり、一人の国民として国に役立つ者となるべきで あるのと同様に、新しく生まれた神の子供も、他の人々に証しをすることによって、自分が、感謝の気持ちでいっぱいの、神の王国の立派な一員であることを示 すべきです!イエスにおける神の愛についての良き知らせを他の人々に伝えることほど重要で素晴らしい仕事は他にありません!(マルコ16章15節)

あなたが心の中に入って下さるようイエスに求めてから自 分がどれほど幸せになったかを、まず手初めに友人や家族に話してあげることができます。この絵入りパンフレットを彼らにも読ませてあげて、どのようにした ら彼らもイエスを受け入れることができるかを知るのを助けてあげることもできます。

あなたが一歩踏み出して神の愛を他の人々に示し、彼らもイエスを受け入れて新しい人生を見いだすことができると教えるなら、神はあなたを大いに祝福し、励まし、あなたに報酬を下さることでしょう!

聖書は霊的な栄養を与えてくれるだけでなく、未来のこと まで語っています!何千年も前に神の預言者たちによって書かれた沢山の預言、つまり予告でいっぱいで、そうした預言は、現在世界で起こっている出来事を 描いているのです!私達は今、聖書の中で、「終わりの時」と呼ばれている時代に生きています。つまり、邪悪な人間による利己的で残虐な支配の最後の日々 に生きているわけです。

この現在の終わりの日々に、悪魔に取りつかれた独裁者が支配する力強い統一世界政府が台頭すると、聖書は警告しています。その独裁者はアンチキリストまたは赤い獣として知られており、彼は3年半の間、世界中の人々が自分を崇拝することを強制しようとするのです!(第二テサロニケ2章)

また世界中の人々が、牛のように、額か手にクレジット・マーク、つまり666の数字の烙印(らくいん)を受けることも強制します!アンチキリストによる恐怖の統治は、この世の人々が味わったこともないような最悪の苦難の時をもたらすでしょう!(黙示録13章とマタイ24章)

けれども、世界史における最も暗い夜に、突然最も明るい 夜明けがやってくるのです。アンチキリストの統治の終わりに、イエス・キリストご自身が「力と大いなる栄光をもって、天の雲にのって」戻って来られ、ご自 身の子供たちを赤い獣による迫害から救い出されるのです!(マタイ24章29-31節、第一コリント15章51,52節、黙示録14章14-16節)

すでに死んでいたクリスチャンはすべて、新しい不死不滅の復活した体を受け取ります!その時なお地上で生きながらえている私達も、新しい奇跡的な超自然の体を受け、一瞬にして変貌をとげるのです!そして、私達は皆、空へと舞い上がり、「空中で主と会う」のです!(第一テサロニケ4章14-17節)

「小羊の婚宴」という天国での大パーティーのあと、私達は皆、主と共に地上に戻り、超自然的な「ハルマゲドンの戦い」において、アンチキリストの邪悪な軍勢をこっぱみじんに打ち破ります。(黙示録19章)

それからイエスとすべての復活したイエスの子供達は、この世界の支配権を握り、今までずっとそうすべきであったやり方で、この世界を組織し、統治し、管理するのです!まさに地上の神の王国となるわけです!(黙示録20章4節)

地上におけるこの千年間のキリストによる素晴らしい統治のあと、高さ、幅、長さがそれぞれ2400キロの神の大いなる天の都が、エデンの園のように美しく造り変えられた「新しい地」に降り立ちます。私達は皆、主と共に永遠にそこで暮らすのです!

神の天の都では、想像したこともないような美しさや、楽しみや、興奮を味わうのです。そして私達は、宇宙全体に神の愛を広めるという、チャレンジでいっぱいの、わくわくするような仕事を任されるのです!

現在最も主に忠実な者が、その時最も大きな報酬や祝福を受けます!(黙示録2章10節、ダニエル12章2,3節)

ですから、忠実にイエスを愛し、この世界で他の人々がイエスを知ることができるように助けるのです。そうすれば、その人達も、未来の素晴らしいイエスの天の都で楽しむことができます。

覚えていて下さい!

素晴らしい愛の人生を新しく始めるためにしなければならないことはただ、

  1. 「新しく生まれる」
  2. 神の御言葉を読む
  3. 神の霊で満たしてもらう
  4. 祈る
  5. 交わりを持つ
  6. 他の人々に教える
  7. イエスがもうすぐ戻って来られることを知る

あなたの新しい人生について、またイエスのために生きるにはどうしたらよいかについてもっと知りたいなら、どうか今日私達に手紙を書いて、下記の宛て先に送って下さい!あなたに神の祝福がありますように!私達はあなたを愛しています!

Recent Comments

    タグ